言葉を介さない「感情表現」と「意思表現」

StaffStory

唐突なのですが、私は4歳の頃から18歳になるまでクラシックバレエをしてきました。
バレエは完全に言葉を発しない芸術舞踊。セリフも存在しません。
ストーリーの内容を伝えるのは、頭から指先まで全身を使った「感情表現」と「意思表現」。
体の使い方(踊りの表現力)はもちろんなのですが、大切なのは「感情と意思を理解していること」なんだろうと思います。
その理解は体感としてわかるということ。

 

写真も基本言葉を介しません。風景にしても、人物にしてもです。五感でいうなら「見る」のみ。
それでも写真から伝わって来るものがあるのは、ありとあらゆる「感情と意思」を理解しようとする人の心、記憶している体(脳)があるからだと思うのです。
バレエにしても、写真にしても絶対に正しく伝わっているか?は、確かめようもなくわからないことですが、そのどう感じるか?は、あくまでも見た人の領域(自由)だとも思っています。

 

じゃあ、伝え手は何が出来るのかって、やっぱり自分を理解することなのではないでしょうか?何を感じていて、何を表現したいのか?
バレエで言うなら、ストーリーをまずは理解すること。それから自分がどう感じ、ストーリーのどこをどう表現したいのか?それから、音楽・リズムに合わせていく。
写真で言うなら、撮り手は目の前にある風景、人を理解すること。どんな感情でいるのか?どんな表情をしているのか?どこに光があるのか?どこに影があるのか?それから、カメラを使い映し出していく。
写り手は、自分がどんな人物で、どこからやって来たのか?ここにどんな感情でいるのか?表現したいものは何なのか?それから、カメラの前に立ちポージングなどで表現していく。
と、あくまでのも私的な解釈です。
理解するのに、ぱぱぱっと!理解出来ちゃう人もいます。肌感というのでしょうか?かっこいい(笑)
けれど、私みたいなタイプは、落とし込むまでに時間がかかるので、まずはやはり「言葉」から理解を始めることになるんですよね。
「正しく知ること・理解すること」何かにいい悪いがないフラットの環境に整えていくには、言葉を介さない表現の世界だけれど言葉から始まります。

 

言葉じゃない!!感じるんだ!!と言われてしまえばそれまでなのですが、伝え手が「理解」との信頼関係がないと、どこかしらでズレてくる気がしてます。
最終、伝え手⇔見る人の間に信頼関係が生まれる以前の前に大事なことではないのかなと、、
言葉を介さない芸術は、言葉に出来ない部分を表現出来るものに変わっていくから。

 

リヒトが事前相談から始まるのは、そういう「理解」の部分から来ています。
自分から言うことではないのかもしれませんが、、
ここに来て下さったあなたを、知りたいからです。全部だなんて、幻想的なことは言いません。だけど、何百万人という人類がいる中で、リヒトを見つけこの言葉を読んで下さり、事前相談をしに来て下さった。そんなことって、奇跡的なことだと私は感動してしまう。(暑苦しくてすみません;;)
最終カタチとなるのものは写真や空間ですが、誰しも1日24時間限られた時間の中で、あなたの人生にリヒトが出来ること、私が出来ることを全力で注ぎます。
いきなりお友だち^^みたいなことも言いませんので、ご安心を(笑)
あなたが思っていること、感じていること、やろうと決めたこと、、あなたという人を私は知りたいのです。
会話から始めませんか。

 

ゲスト様よりメッセージ

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